人材サービス企業では、他の業界同様、従業員が退職に伴って会社に無断で競合他社を立ち上げたり、他の従業員や顧客を引き抜いてしまったりするケースがあります。
人材派遣会社では、顧客である派遣先企業とそこに派遣される派遣労働者を丸ごと引き抜かれることもあります。特に注意が必要です。
この記事では、主に人材派遣会社の皆様向けに、競業行為や引き抜きが問題となる具体的な場面とその対応方法について、人材サービス会社の法務部での勤務経験がある弁護士が解説します。
従業員による競業行為や引き抜きについてお悩みがある場合、まずは詳しい弁護士への相談をおすすめします。
目次
1.競業行為や引き抜きに関する労働者の義務とは
競業行為や引き抜きに関する従業員とのトラブルで、よく問題となるのは、いわゆる「競業避止義務」です。
労働契約における競業避止義務とは、労働者が会社と競合する事業を行わない義務をいいます。
具体的には、労働者が競業他社に就職する場合や自ら競合他社を立ち上げる場合などで問題になります。
似た問題として、従業員が退職の際に他の従業員を引き抜いてしまうことがあります。
特に人材派遣会社では、派遣労働者とその派遣先である顧客企業を丸ごと引き抜くケースが裁判でもよく問題になります。
競業避止義務の違反や引き抜き行為は、大きく分けると「在職中」と「退職後」の二つの場面で問題になります。
1.1 競業避止義務
1.1.1 在職中の義務
労働者は、在職中、書面での明確な取り決めがなくとも、当然に競業避止義務を負っていると考えられています。
なぜなら、労働者は、いわゆる誠実義務を負っており、自分や第三者の利益を優先して会社の正当な利益を不当に侵害してはならないからです。
書面での明確な取り決めは必須ではありませんが、実際には、入退社の際の誓約書や、就業規則に競業避止義務の定めがあることが多いです。
なお、労働者だけではなく、役員に関しても同様に問題になります。
1.1.2 退職後の義務の原則
労働者に対して退職後の競業を禁止する場合は、原則として、会社と労働者との間で競業避止義務に関する合意が必要です。
口頭の合意の場合、それが存在することの証明ができませんので、入退社時の誓約書や就業規則への明記が必要です。
競業避止義務に関する合意は、労働者の職業選択の自由を制限するものであり、無制限には許されません。そのため、禁止内容の有効性がよく問題になります。
主に以下の項目が有効性判断のポイントとされています(経済産業省:競業避止義務契約の有効性について)。
- ① 守るべき企業の利益があるかどうか(①を前提として競業避止義務契約の内容が目的に照らして合理的な範囲に留まっているかという観点から)
- ② 従業員の地位が、競業避止義務を課す必要性が認められる立場にあるものといえるか
- ③ 地域的な限定があるか
- ④ 競業避止義務の存続期間や⑤ 禁止される競業行為の範囲について必要な制限が掛けられているか
- ⑥ 代償措置が講じられているか
裁判所では、様々な事情を総合的に考慮して有効性の判断がなされており、正確に見通しをつけることは容易ではありません。
1.1.3 退職後の義務の例外
労働者に競業避止義務を負わせるには原則として合意が必要です。もっとも、例外的に、社会通念上、自由競争の範囲を逸脱した態様で行われた場合には、合意がなくとも労働者への責任追及が認められます。
ただし、非常に悪質な態様であったことを会社が証明しなければならないため、容易には責任が認められません。
悪質な態様の例として、会社に関する虚偽の情報を伝えて顧客を奪取するケースや、元役員が計画的に顧客や従業員を大量に引き抜くケースなどが考えられます。
なお、不正競争防止法などの他の法律の違反となる場合には、その法律のルールに従い、差止請求や損害賠償、刑事責任の追及などを検討できる場合があります。
1.2 引き抜き行為に関する義務
1.2.1 在職中
競業避止義務の場合と同様、労働者は誠実義務を負っていますので、その範囲で他の従業員への勧誘や引き抜き行為は制限されます。
ただし、あらゆる勧誘や引き抜き行為が制限されると厳しすぎるため、その方法が信義に反するなど社会的相当性を逸脱する場合に限り、許されないと考えられています。
1.2.2 退職後
退職後は、もはや他社の従業員となりますので、前職の従業員に対して転職を勧誘することは本来自由なはずです。
もっとも、悪質性が高い場合として、たとえば以下のケースであれば、違法と判断される可能性があります。
- 元役員が計画的に大量の従業員を引き抜く場合
- 虚偽の情報を流すなど不公正な方法をとった場合
なお、引き抜き行為の禁止についても、競業避止義務と同様に誓約書や就業規則に明記することが考えられます。書面上の根拠があれば、労働者の責任をより問いやすくなります。
2. 従業員との間で競業行為や引き抜きが問題になる場合
退職した従業員が顧客に働きかけたり、他の従業員を引き抜いたりするトラブルは、業界を問わず発生します。
もっとも、人材サービス業界は、特に人材派遣は、他の業界よりも比較的同種のトラブルが多いように感じます。
実際に判例検索サイトで裁判例を調べると、派遣会社でのトラブルの事例が多くヒットします。
2.1 人材サービスでよくあるトラブル事例
たとえば、人材派遣特有のトラブルとして、人材派遣会社の営業担当の従業員が、競合他社への転職に伴い、自分が担当する派遣先企業と派遣労働者を丸ごと連れて行ってしまうケースがあります。
また、人材紹介では、求職者が競業避止義務を負っている場合に、他社への転職が問題となるケースがあります。
従業員を採用して受け入れる会社にも注意が必要です。
競合他社から自社に転職してきた従業員が競業避止義務に違反していると、貴社の関与も疑われてトラブルに発展する可能性があるからです。
2.2 裁判例の紹介
派遣会社X社の従業員Yが自ら同業他社であるZ社を立ち上げ、X社の派遣労働者を引き抜いたとして問題となった事案です(宮城地方裁判所都城支部令和3年4月16日判決)。
裁判所は、従業員Yが行った引き抜きが単なる転職の勧誘を超え、社会的相当性を逸脱して極めて背信的な方法で行われた場合には、誠実義務違反となり、債務不履行または不法行為責任を負うとしました。
そのうえで、主に以下の事情を理由に社会的相当性を逸脱していると判断し、従業員YとZ社の責任を肯定しました。
- X社が副業を認めていたわけでもないのに従業員YがX社在職中にZ社を立ち上げて実際に収益をあげていたこと
- 従業員Yが派遣労働者を勧誘する際、既にX社とは話がついているかのような話をし、他方で、X社には内密にするよう依頼していたこと
- 派遣先企業に対しても、派遣労働者の移籍をX社も了承済みであるかのような言動を行っていたこと
この裁判例からは、従業員による競業行為や引き抜き行為の悪質性をどのように裁判で証明するのかがポイントだとわかります。
なお、本件ではX社が派遣先企業やX社の他の従業員、派遣労働者らに対して、Yが競合他社を立ち上げたこと、顧客、派遣労働者の引き抜き等の非違行為を行ったこと、情報の持ち出しがあったことなどを複数回文書にして配布しています。
これに対して、反対にZ社がX社を訴えており、こちらではX社の法的な責任が認められています。
このことからも、従業員の競業行為や引き抜き行為に対する適切な対応は難しいことがわかります。
許しがたいからといって激しい対抗策を取ると、一歩間違えば、反対に自社の責任が認められてしまうことがあります。
3. トラブルの予防方法
競業行為や引き抜きに関するトラブルは、一度発生してしまえば、その損害の回復は容易ではありません。
また、一度社内でトラブルが起きてしまうと、他の従業員への悪影響も気になります。そのため、予防することが最善策です。
3.1 社内書類、就業規則等の整備
競業避止義務や引き抜き行為の禁止について、有効な書面での合意を取ることがまず先決です。
具体的には、入退社時の誓約書や就業規則に具体的な定めを入れることが考えられます。
会社の立場では、どうしても禁止範囲を広く、禁止期間を長くしたくなりますが、注意が必要です。
厳しい内容は、一見すると会社にとって頼もしく見えますが、厳しくすればするほど無効のリスクが高くなるからです。
最近は競業避止義務に関する知識も一般化し、弁護士へのアクセスも容易になっています。
厳しすぎる制限は、労働者側に「無効だから問題ない」と思われてしまうリスクがあります。
また、転職が一般化している昨今の状況の中で、あまりに厳しすぎる競業避止義務の内容が従業員に悪印象を与えないかも懸念されます。
実際のビジネスの内容、現状を踏まえ「どの程度の制限をすれば会社の利益を守ることができるか」を見極めることが重要です。
よくよく検討してみると、最初の想定よりも緩やかな内容で十分足りる場合もあります。
3.2 従業員と顧客の関わり方の見直し
社内書類、就業規則等の整備に加えて、実際の業務運用も検討の余地があります。
たとえば、以下の点です。
- 重要な企業秘密が明確に定義され、適切に管理されているか
- 退職に伴う企業秘密の持ち出しへの対策は取られているか
- 従業員と取引先との関係性が過度に属人的でブラックボックスになっていないか
- 従業員が競業行為などを行おうとした場合に会社に報告してくれる他の従業員や取引先はいそうか
従業員側の不穏な動きをできる限り早く察知し、競業行為や引き抜きトラブルそのものを起こさないこと、被害を最小限に食い止めることが重要です。
ひとたび競業行為や引き抜きトラブルが発生すれば、引き抜かれた顧客や従業員を連れ戻すことは通常困難だからです。
また、退職従業員との紛争が激しくなるほど、業界内で噂になったり、他の顧客との信頼関係が悪化したりするケースもあり得ます。
4. トラブル発生後の対応方法
競業行為や引き抜きに関するトラブルが発生した場合の対応について、在職中に発覚した場合と退職後に発覚した場合の二つに分けて解説します。
4.1 在職中に発覚した場合
まずは事実関係の調査が必要です。
いきなり問題の従業員にヒアリングをしても否定される可能性が高いため、時間の許す限り、メール・チャットなどの客観的な記録の調査や他の従業員へのヒアリングを先行することが望ましいです。
調査した事実関係を踏まえて十分な作戦を練る必要があります。
ここでは法的な見通しの確認や社内書類の分析、ヒアリング後に問題の従業員から取得する書類の作成などが必須です。
通常は弁護士などの専門家のサポートが必要な部分です。作戦を踏まえて、いよいよ問題の従業員へヒアリングをします。
ヒアリングの結果を証拠化し、その結果を踏まえて、懲戒処分や損害賠償請求などの処遇を検討することになります。
従業員が事実を認めない場合は、証拠が十分でない限り、会社が法的にできることは限られてしまいます。
なお、問題の従業員への対応だけではなく、引き抜き行為の対象となった顧客や他の従業員へのケアも必要です。
ただし、行き過ぎた対応に注意が必要なことは、先ほどの裁判例でもご紹介したとおりです。
事実調査を引き抜き行為の対象となった顧客や従業員に広げる場合もありますが、この場合も注意が必要です。
必ずしも会社側の味方であるとは限りませんし、調査を行ったこと自体が顧客や従業員との関係悪化につながるリスクもあるためです。
4.2 退職後に発覚した場合
在職中に発覚した場合と同様に、まずは事実関係の調査が必要です。
もっとも、既に退職済みの場合、問題の従業員本人への直接の調査は困難なことが多いでしょう。
そのため、現実的には、メール・チャットなどの客観的な記録の調査や他の従業員へのヒアリングを中心に行うことになります。
引き抜き行為の対象となった顧客や従業員にまで調査を広げるかどうかは同様に注意が必要です。
前提として、競業避止義務や引き抜き行為の禁止に関する合意の有無、有効性も十分検討する必要があります。
調査の結果、不当な行為が認められる場合には、損害賠償請求などを検討することになります。
退職金が発生する場合、不支給や減額をしたいと考えるのが通常です。
もっとも、就業規則などで明確な根拠が必要であり、また減額にも制限があるため、実施の際は弁護士などの専門家への相談が必要です。
5. まとめ:競業行為や引き抜きに関するご相談は、よつば総合法律事務所へ
競業行為や引き抜きトラブルは、ビジネスに重大な影響を与えるだけではなく、他の顧客や従業員との関係性にも気を付けながら対応しなければなりません。難易度は非常に高いといえます。
人材サービス業界では、他の業界と比べても、同種のトラブルが生じやすいです。
そのため、事前に十分な予防策を実施する必要性が高いといえます。
「労働者との合意内容はどのようにすればよいか」「労働者の義務違反が証拠から認められるか」「合意がないが、今回の行為なら悪質なものとして責任追及が可能なのか」といった問題は、極めて難しい法的な判断が必要です。弁護士などの専門家への相談が必要となります。
事前の予防策やトラブル発生後の対応のサポートを弁護士に依頼することで、安心安全に業務を行うことができます。
よつば総合法律事務所には、人材サービス会社の法務部での業務経験がある弁護士が在籍しています。
多くの人材サービス会社の法律問題もお取り扱いしています。
競業行為や引き抜きトラブルへの対応で悩んだときは、まずはよつば総合法律事務所にお問い合わせ下さい。
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